お産をめぐるサスペンス



「翻訳の世界」海外レポート2000年3,4月号掲載
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去年の夏、第二子を出産した。予定日が八月の半ばと聞いたとき、心の中に不安がよぎった。日本と違って社会人でも一ヶ月程度の夏休みをとるこちらである。六月の終わりから八月半ば頃には、店や会社も長期休業に入る。いきおい病院は人手不足でサービスの質は下がることになる。

病気や出産は待ったなしなので、助産婦不足は特にこの時期深刻だ。例え特別手当を出されても、夏休みをずらしてこの時期に勤務をしようという助産婦は少ないらしい。六月になると新聞には病院の廊下で出産したという人の記事も… どんどん大きくなる腹を見ながら不安になった。

こちらにしてはけっこう暑い八月のある午後、昼寝から目が覚めたら破水していた。あわてて病院に電話すると「今分娩室は満室だから他へ行って」という返事。でもその病院まででも車で二十分程度、次の病院はもっと遠い。だがむこうは「陣痛が二、三分おきにならないと普通は入院しないものだから、まだまだ大丈夫よ」とあっさりと言う。そうかな? 前回の出産のことを考えても二、三分おきになってからでは遅すぎるような気がする。そうこうしているうち、だんだん痛みが強まってきた。一時間後私の電話で夫が職場から帰宅した。もう一度さっきの病院に電話すると、今やっと一部屋空いたという。急いで車に飛び乗り病院へと急ぐ。車の中で、陣痛の間隔はどんどん短くなってきた。
診察室で診てもらうと、もう子宮口は六センチ開いていた。すぐ浣腸してシャワーを浴び、分娩室へと入る。そこで看護婦から
「ご存知の通り今人手が足りないの。今夜出産したら明日の昼までには退院してもらいますね」
と言われる。実は私は初めの子の出産で苦い経験をしていた。出産後一日、二日で退院する他のお母さんたちに合わせて私も三日目で退院したが、その直後子供がひどい黄疸にかかってしまったのだ。産後間もない体で赤ちゃんを連れ、自宅と病院を往復するのは本当に大変だった。だからこそ今回は一週間ぐらい入院してやろう、と思っていたのだが。急に不安が増す。



分べん室に入ると出産経験者ならご存知だろう、あの「一段超えた痛み」がどんどん強くなってきた。そんな私の苦しみをよそに、そばで亭主は大あくび。二度目だともう緊張感はないのか、「だって、待ってるだけって退屈なんだもん」。私の方は痛みに一度目も二度目もない。ギリギリと腰をひねるような陣痛が襲ってきたら酸素ガスを吸ってその場をしのいだ。
陣痛の間隔は次第に短くなり、2分おきぐらいになると眉の間にいやがおうでも皺が寄る。すると助産婦は「痛くないときまで痛そうな顔をしてはだめ!」と怒るのである。本格的に苦しくなると、助産婦と看護婦は私を両膝で立たせてベッドの背にしがみつかせ後ろ向きにした。

「もういきんでいいですか」
「ええ、どうぞ」
ベテランらしき助産婦は落ち着いて言う。力を込めて二度ほど力を込めていきむと、看護婦の気の抜けた声が… 。
「あー、出た出た」
えっ、そんなに早く?

いったん頭が出てしまうと、体はぷるぷるぷるんと簡単に抜けた。不思議なもので、最初の子の時ほどの感慨はなかった。サンドイッチとシャンパンで乾杯し一休みすると、すぐにシャワーを浴び、母子ともに分べん室から病室に移された。水槽のようなカゴに入れられた我が子を傍らに一夜。午前中夫が迎えに来て、約束通り翌日の十二時までに退院となった。
「そんなに早く退院して!」日本の母に電話すると驚愕していた。ところが実際は二度目のせいだか、それとも母乳がスムーズに出てくれたせいかわからないが、体力の消耗が少なくスムーズに普通の生活に復帰することができた。

「そんなこと言ってても、産後体を休めなかった影響はもっと年とってから出てくるんだから」
とは母の言葉。そんな先のことはまだ私にはわからない。こちらの助産婦は「確かに50年代くらいまではスウェーデンでも産後一週間は入院していたけど、最近では「お産は病気ではないのだから自然にするのが一番>と考えているの」だそう。妊娠は病気ではない、か。なるほど大きな腹を抱えていてもバスの中で席を替わってもらえなかったはずだ、と妙に納得した。

(さよこ)


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