はやスウェーデンにも慣れ…
「翻訳の世界」海外レポート1998年11月号掲載

ふと思えば私が海外レポーターとしてこの連載を始めてはや3年半にもなるのである(当時)。継続は力なんて言葉もあったけど、この3年半を振り返るとやはりさまざまな変化があった。なんと言っても最大の変化は私がスウェーデンの習慣に慣れてしまったことである。こちらに来たばかりの頃はびっくりしてばかりいたあの感動、というか違和感が薄れてしまい、たまに日本に帰ると逆カルチャーショックでたまげてしまう。
そんな私でもいまだに慣れることができないこちらの人々の習慣がある。それはほんとにほんとに些細なことなのだが… 。例えば、台所の流しで台ふきんを水道の蛇口にかけておくこと。こちらの蛇口は首が長い。それをいいことにずくずくに濡れた台ふきんをそこにかけてしまうのだ。コップに水でも汲もうものなら、その汚れが染み付いたふきんはコップの口に触れてしまう。だから私はそれをいちいちつまんでよけなくてはいけない。よけたふきんを流し台の上に置いたままにしておくと、いつのまにか誰かがまた蛇口にかけている。ここでは台ふきんは蛇口の上が絶対の定位置なのだ。
そもそも問題の原点は衛生観念のちょっとした違いなのだろう。こちらの人はスーパーで売ってるパン(もちろん一個づつビニール袋に入ってなどいない)を素手でつかむ。こっちのパンを取ったかと思うと、一瞬考えてもとに戻し、別のパンをつかむ。元のパンを買うことになる人のことを考えると私は胸が痛む。電車の中で鼻をほじっている人を見かけた後はなおさらである。パンを買うときには店のパンかごからこっそり一番奥にあるものを掘り出してしまう、こんな私は神経質だろうか。
慣れることができないことはもうひとつある。こちらの人は(と言ってももちろん皆が皆ではないが)個人的な原因で生じた不機嫌を公の場でも平気で現すのだ。よって異常に態度の悪い店員や係員に出会う確率が、日本よりもはるかに高い。
ある日系の女性からおもしろい話を聞いた。パブでウエイトレスをしていた彼女は日本流にいつも愛想よく、嫌な客にも分け隔てなく応対していた。その結果、店では大好評。「ナンバーワンのウエイトレス」と呼ばれていた。ところが、いったん家に帰ると仕事中に溜まったストレスが爆発してしまい、家族に当たり散らしていたという。
きっとあの不機嫌な店員たちはその場でストレスを解消しているので、彼女のような二重人格?に陥ることはないのだろう。それでもやっぱり私は日本流のサービス精神を期待してしまう。
毎朝家を出るたびに、今日は嫌な人に出会いませんようにと祈るような気持ちで出かける私である。
(さよこ)


