ダーウーリンを越えて(1) −(3)<2月20日>
ランタン第23,24,25号(2000年4,5月)

あと少し登りは残っているものの、ともかくダーウーリン山荘までたどり着いたことで私たちは大きく安堵した。この山荘の相部屋には台湾人の女の子2人組も泊まっていた。
私たちと同世代の彼女たちと、夜はトランプをしたりして楽しく過ごした。彼女らは日本語は話せないものの学校で少し習ったことがあり、また日本のテレビドラマなどもよく見ていた。「日本人の奥さんって旦那のことを<あなたぁ〜ん>って呼ぶのよね」とひとりの女の子が振りをつけて言うので私とランポウは爆笑した。そう言われてみれば日本語の「あなた」はなかなか複雑な単語だ。
日の出と共に出発した彼女らを見送ってから私たちはもう一眠りし、体力を取り戻した。山荘を出発ししばらく走るとダートの道に変わった。今日は峠の頂上まで700mの登り、とてもきつい坂が続き、さっき食べたものを吐きたくなった。しかたがないので自転車を押して歩くことにした。結局この日一日で10キロ以上「押し」にしてしまった。サイクリング部では一応「押し」はあくまで最終手段であり、邪道としてできるだけ避けるべきこととされていたのである。
なにしろ坂が急なだけに、どんどん高度が上がっていくのが目に見えてわかる。そのうち阿蘇の草千里に似たぽっかりとした空間に出た。そこにはところどころ、青森の八甲田山で見たような「さかさの木」も生えている。きっと真冬には雪も降りそうとう厳しい気候なのだろう。
最高地点、武嶺にたどり着いたときには感激した。あれほど心の中で描いていたダーウーリンを遂に征服(大げさ?!)したのだ。眼下に果てしなく広がる雲海…これほどの雲海を見たのは初めてだった。喜びのあまり私たちはしばらく口もきけずそこに立ちつくしていた。
しかしその後が…。
ダートの下りがこれほどすざまじいものだとは思ったことがなかった。腰が痛くなるほどの振動のせいか、かなり下ったところでランポウのマットガード(泥よけ)が折れてしまった。マットガードを合歓山の山麓に捨て、またひたすら続くダートを下っていった。やっとダートが終わって「棒(バン)」サイン(サムアップ=日本のピースと同じ意味)をすれちがう車に出したものの、しばらく行くとまだダート!そして私の自転車がパンクしてしまったのだ。必死で直したが再度パンク。先を走っていたランポウははるか先に下ってしまっていたので、時折通りかかる車を止めて私のパンクのことを伝えてもらおうかと思ったが誰も止まってくれない。周囲には民家もなければ水もない。途方にくれているとランポウが上がって来てくれた。なんでも一台の車が彼女に私の様子を知らせてくれたのだそうだ。なんと親切なのだろう。しかし彼女と私、このままではうつ手がない。
仕方がないので意を決してヒッチハイクすることにした。一台目には無視されたが二台目の大型トラックが止まり、快く私たちの申し出を承諾してくれた。自転車は後の荷台に乗せ、私たちは助手席に乗せてもらった。その後もダートは延々と続いていた。もしパンクしなかったとしても、果たしてスポークが折れたりなどのトラブルなしにこのダートをクリアできただろうか、と恐ろしくなった。私はひたすら登ることばかりを考えていて、下りのダートの怖さを思いつかなかったのだ。
その日私たちは霧社まで行くつもりだったが、トラックの運転手はその手前にある自分の家に停まった。日本に6回も行ったことがあるという奥さんがいろいろと世話を焼いてくれ、食事までご馳走してくれた。運転手はその間わざわざ私の自転車をトラックに載せ、店まで修理しに連れて行ってくれた。そのとき小学生くらいの男の子がついて来た。私の中国語が下手なせいか、ランポウは国語が話せるけど私は話せないのだ、と周囲の人にいちいち紹介してくれる。彼に運転手の子供なのかと何気なくたずねると、いやあの人は伯父さんなのだ、自分の両親は離婚したから、と言った。変なことを訊ねてしまって後悔した。
それにしてもヒッチハイクなんて危険なことをしたのに偶然にもとても親切な一家にめぐり合うことができて、なんと幸運だったのだろう。ぜひ自分の家に泊まりなさいと言ってくれた運転手一家のお宅を辞して、安い旅社に泊まった。フロントにいた美しい中年女性が私たちの顔を見るなり「まぁ、日本女性は色が白くて本当にきれいだこと」と言った。ランポウはともかく、私は決して色が白くはない。でも行く先々でこの言葉を聞くにあたり、台湾の人には「日本女性イコール色が白くて美しい」というステレオタイプが出来上がっているのだということがわかった
話は脱線するが、知り合いのインド人の男の子に日本人の恋人がいた。彼が故郷のインドの農村にこの恋人を伴ったとき、村人たちは彼女を見て「すばらしい美女だ」と大騒ぎしたらしい。しかしこの彼女、私にはお多福そっくりにしか見えない。目が大きく鼻の高いインド女性の方がずっと美人だ!! しかし人は一度「何人はこうだ」という固定観念を持つと良きにつけ悪しきにつけそれを捨て難いのかもしれないし、またエキゾチックなものに惹かれ自分にない特質を美しいと感じるものなのかもしれないと思った。
(さよこ)

