準備 (1,2)
ランタン第7、8号(1999年8月22日、9月5日)掲載

ここまでの前置きが大変長くなってしまって申し訳ない。
今となってはどういうわけかわからないが、前年の秋には私は卒業旅行の行き先をイギリスではなく台湾の、それもサイクリングと決めてしまっていた。台湾は中国語圏だから何とか言葉も通じるだろうし、それに「世界で一番安全な国」だとも聞いていた。
日本よりも安全な国が外国にあるなんて… なんとその当時台湾では公式にはまだ戒厳令が敷かれていたのだ。戒厳令という言葉の響きに思わずビビってしまうが、実際は普段道を歩いていて突然軍隊にしょっ引かれていくなどということはない、夜遅く外出したり軍事基地みたいなところに近づかなければいい、つまり普通にしていれば何も問題はないんだ… と教えてくれたのは台湾の語学学校に一年間留学していた山本さんだった。
山本さんは中国学科の先輩男子で一年生の頃から会話研究会に入ったり、中国人と下宿をシェアしたりして語学力に研鑽を重ねてきた人だった。台湾に到着した当日にはこの山本さんが留学中に作ったガールフレンド劉さんのお宅に泊めていただくことになった。
この山本さんに現地の詳しい事情についていろいろお話を聞かせていただいた他、亜東関係協会(台湾つまり中華民国と日本とは正式な国交がないため、この協会が各国の大使館と同じ機能を果たす)に手紙を出し詳しい地図や旅行案内を無料でもらったり、実際台湾をサイクリングしたことのあるMさんや、大阪の知る人ぞ知る有名サイクリストIさんと連絡を取った。結局Mさんとは連絡がつかなかったがIさんにはとても詳しい旅行日記をコピーしていただいて計画作りに役立った。
本当にたくさんの方々の協力があって実現したツーリングだったなぁと今更にして思う。皆さん、ありがとうございました。
私にこの山本さんを紹介してくれたのが、今回の旅行の道連れとなってくれたランポウちゃんである。ランポウというのは彼女の名字の中国語読みで、彼女はいつもこの呼び方で知られていた。なんだか満身創痍のスタローンを思わせるような名前(日本名を中国語読みにして片仮名で表記してみると、ときどきとんでもない言葉を連想することになったりしておもしろい)だが、本当の彼女とは似ても似つかない。花に喩えるなら鈴蘭という感じの女の子だ。山本さんと同じく中国語研究会に所属して活躍しており、私と違って勉強熱心で、中国語はクラスでも上手な方だった。
サイクリングとはまるで無縁な世界にいたはずの彼女に、何かの拍子に今回の旅行計画について話したのだと思う。すると彼女はなぜか、俄然私といっしょに行く気になってしまった。
「実はわたし、前からサイクリングをしてみたいと思ってたんだ」
彼女のことを実の子のように可愛がっているという伯母さんに頼んで、旅行資金三十万円もあっという間に調達してしまったのである。(私自身は、年末一ヶ月間運送会社でバイトして資金を作った) まさか彼女が本気で行くと言っているわけではないと思っていた私は驚いてしまった。でもやっぱり一人で行くというのもなんだか怖い… かくしてうら若き女性二人の珍道中となったわけである。
台北までの往復航空券は、これまた彼女が知り合いに教えてもらったという博多の旅行会社で大韓航空の格安券を買った。往復30日で7万少々だった。しかも朝福岡空港を出発して、サイシュウ島、プサンを経由、ソウルで死ぬほど待たされて、台北には夜到着するというすごい航空券。でもその時は一番安ければそれでいいと思っていた。
ところが今はどうだろう。最近私はインターネットでキャセイ東京−台湾直行3万5千円という航空券を見つけた。7万も出せば格安パックツアーでオーストラリアや西海岸にだって行ける。12年も経てば物価はかなり上がっているはずなのに、航空運賃、旅行代金はさほど上がっていない、むしろ下がっていると言っていいくらいなのがおもしろい。
(さよこ)

